僕が本当に面白いと思うこと

6月3日に京都で一人コントライブします。よかったらどうぞ。

単独ライブの大ラス問題

今まで、僕はコンビで4回、ピンで1回の単独ライブをしました。毎回、2時間尺で10-13本程度のネタをやっており、それらのネタは1から10まで全て僕が書いています。

そして毎回困るのが、単独ライブの一番最後をどうやってシメるか、という問題なのです。これまでの例を振り返ります。

 

① カフカ第一回単独ライブ「青いカフカ 五感が死んでる」

このときは、コントでストーリーを進めていく手法で、漫才はコントの世界を寓話的に表すような形にしていました。(ちょっと隠し味的にそうしてたのですが、お客さんにあとでガッツリ指摘されて恥ずかしかったです)

ストーリーとしては、子どもが大人になるにつれて堕落していく話です。子どもの頃に夢見た幸せがつかめなかった男が、自分の人生をすべてなかったことにするために、子どもの頃の自分を殺しにいく話です。しかし、最終的に男は子供の頃の自分に殺されてしまいます。そして、子どもがまた人生を生き直すことを誓い、無限ループに入る、そういうエンドでした。

ループエンドは、一見話がすごくまとまって見えるんですけど、円環にしただけというか。ループであることそれ自体にあんまり価値がないなあと僕は思うので、大ラスの満足度としては、個人的にはあまり高くないです。

 

② カフカ第二回単独ライブ「白いカフカ 軽率24時」

このときは、コントをがっつり連作チックにし、コントの中に出てくる要素を漫才で取り出す感じにしました。寓話的だった第一回に比べると、よりコントと漫才の関係が分かりやすくなっていたと思います。

ストーリーとしては、かつて親友だったスター野球選手と平凡な町工場の作業員とが、それぞれに堕落していく話です。野球選手は薬物使用で逮捕されてしまうし、町工場の作業員は自分の仕事に意味を見出せなくなります。どんどん関係者が死んだり奴隷になったりしていく、救いのないストーリーです。

そうやって重いトーンの物語が構築されていく感じを前面に押し出す展開だったものが、一番最後のコントでガッツリメタにぶん投げて終わる。しょせんお笑いは作りものなんだ、ストーリーなんかに意味はない、という感じのカラっとした方向に投げるエンドです。

こういったメタ方向のぶん投げエンドは、物凄く笑いは取れるんです。今まで積み重ねてきたのに、急にぶん投げるんかい、と言う方向で意外性は強いですから。でも、笑いにはなっても物語としての統一性は弱くなってしまうので、そこは考え物というか。だからこそ、個人的にはあんまり大ラスに満足はできないというか。もちろん、フリとしての重いネタをちりばめたわけですから、そのぶんパーンと天井が抜ける感じがするんじゃないかなとは思いつつ。

 

③ カフカ第三回単独ライブ「赤いカフカ 蘇る五感」

このライブが今までで一番大ラスはよかったんじゃないかと思います。序盤に出した伏線を回収しつつ、ストーリーは丸く収まり、救いもあってメッセージ性も強く、そして何より優しい感じ。

ストーリーとしては、一番最初に歩く仏像のコントがなされます。仏像が歩いて逃げ出した。その場面に出くわすアナウンサーのコントです。そのアナウンサーが、その後ニュース番組という形で、あるいは私生活の中での語りという形で、物語の狂言回しをします。アナウンサーが直接登場するのは一本目のコントのみで、それ以降はずっと幕間の声劇での描写になります。

中身の物語としては、離島に暮らす兄弟の没落の話です。兄は気が狂い、弟は本土でひどい目に合う。そうやって二人とも生きる意味を失う。そしてタクシーに乗って自殺しようと試みるのだけど、そのタクシーの運転手に自殺を悟られる。そしてタクシーの運転手が窓の外を見るように指示すると、窓の外に自分の思い出の風景が広がる。自分の思い出を一つ一つかみしめていくと、自分の人生に意味があるかないかよりも、それを受け入れることが重要なのだということに気付く。運転手に勘定を渡そうとすると、その運転手は実は歩く仏像だった。

こういう風な展開です。いわゆる古文の仏教説話みたいな話を作ってみたくて考えたプロットなんですけど、全体的に話のまとまりが良くて満足しています。話の内部でちゃんとおさまっているというか。

 

カフカ第四回単独ライブ「黒いカフカ 武器だるま作ろう」

このライブが、一番ストーリー性は弱いライブだったんじゃないかと思います。コント一本一本が比較的独立していて、何となく関係づけられる要素はあるんですけど、話の筋が凄く強く見えるわけじゃないというか。

だからこそ大オチの部分にはうまく収まるものが見つからなかった、に近い感じでした。

 

⑤一人コントライブ「冬のスクール水着

このライブは、全体の話の登場人物がそれぞれに絡み合い、それぞれに関係し合い、なんとなく数珠繋ぎ的にオムニバスになっている、という構成でした。だからこそ、けっこうちゃんとつながってる感じがでていて、時系列的な意味ではなく、関係的な意味で大ラスと一本目が繋がって終わる、という感じの構成でした。これはこれでアリだよな的に思って書いたので、このライブの構成はわりと満足しています。

 

次のライブではどんな大オチをつけるのでしょう。ちょっと三回目のライブが出色の出来というか、ネタを書き始めてから早い段階で正解を出し過ぎたような感じがしています。いろんな小説を読んだり、舞台を見たりして勉強しないとなあ。

実は、ライブを見てくださった方から、演劇の脚本を書く話をいただいてもいるのです。(まだ企画段階です)

そういった仕事も今後増えていくことは考えられますから、「お話を作る人」としてもっとうまくなりたいなあ、という思いがあります。

Taiki Obonai 2014-