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僕が本当に面白いと思うこと

社会学とお笑いと日常生活

なぜオタクっぽい喋り方を聞くと胸のあたりがウッとなるのか

雑考 日常生活

胸のあたりがウッとなる感じ

深夜アニメや漫画、同人誌などのオタクコンテンツが市民権を得て10年ほどでしょうか。今や、コミュニティの中でリア充と分類される人さえも、オタクコンテンツにアクセスする時代になりました。ボカロを聞くことは恥ずかしいことでも珍しいことでもなくなりましたし、「今期のアニメ」というような言い回しも一般化しました。同人やコミケなどのパイも大きくなっています。2chまとめサイトを見たことがない大学生はいないんじゃないでしょうか。

このようにオタクコンテンツが一般化してなお、オタク的な振る舞いの一部は、まだまだ市民権を得てないように思います。日常会話の中に「なんJ語」などのネットスラングやいかにもアニメ風なセリフが入ってくると、何だか胸のあたりがウッとなる人は、僕だけじゃないはずです。

 

皆さんの周りにもいませんか?

もちろん、僕はオタクコンテンツを生かした日常会話を否定しているわけではありませんよ。確かに、スラングなど単語レベルのものであれば、文脈によっては会話のフックとしてプラスに作用することもあります。しかし、頻度や質が度を超えた「オタクっぽさ」にはなかなかキツいものがあります。

皆さんの周りにもいませんか?

何を話していても、オタクっぽいなあと思わせるような喋り方の人。必ずしもネットスラングやアニメ用語を話しているわけでもないし、全然違う話題に触れているにも関わらず、オタク感を漂わせている人。普通のことを喋っているのに何だか間が合わない人。何を喋ってもふわっと浮いている人。そして案外、オタクコンテンツそのものに詳しいわけでもなかったりする人。

彼らは一体なんなのでしょう。僕は、彼らは日常生活では必要のない「狂言回し」をしているのではないかと思います。

 

狂言回し役」とは何か

アニメや漫画に限ったことではないのですが、劇の世界には「狂言回し」という役が存在します。これは、作品世界の状況や展開をわかりやすく紹介・説明する役割の人のことを言います。主にこのポジションは、登場人物の中で登場頻度が多い人物や、比較的賢いキャラクターの人物が担当します。

名探偵コナンであれば、コナンと光彦。
クレヨンしんちゃんであれば、風間くん。
ちびまる子ちゃんであれば、まる子と先生。
進撃の巨人であれば、エレンとアルミン。
東京喰種であれば、金木研。
シャーロックホームズであれば、ワトソン。

彼らは、今いる場所がどこで、時間がいつで、今何をしようとしているのか、状況は何なのか、物語はどこに向かっているのかを説明する役割を担っています。

例えば名探偵コナンであれば、導入部分で光彦が「この東都水族館は先月オープンしたばかりなんですよね!博士がチケットを買ってくれて本当によかったです!」的なセリフを言ったりしますよね。それが狂言回しにあたるセリフ運びです。

 

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日常会話に「狂言回し」は要らない

狂言回し」は、物語世界の説明なのですから、必然的に状況に対してメタな発言になります。「今、僕たちは~にいて…」「後半に続く」「まさかあんなことになるとは、その時私は思いもしなかったんです」などのセリフは、物語の世界を一段上から見下ろしている発言ですよね。こうしたものがメタな発言です。

さて、話を日常会話に戻します。日常会話においては、メタな説明ゼリフを言う必要はありません。「今僕たちはこういう状況にいますよね」などとわざわざ確認するまでもなく、個々人が状況を認識し、理解しています。

例えば友達みんなで冬の北海道に旅行に行ったとします。そしてあたり一面に積雪があり、気温も氷点下だったとします。この状況を前にして、「いやあ、旅行で北海道にきたわけですが、やはり北海道は日本の中でも一番北なだけあって寒いですね。雪もこんなに降っていて」などと狂言回し風に説明すると、冗長に感じますよね。

一般的な日常会話であれば、「やっぱ雪すごいね」とか「寒いなあ」くらいでしょう。お互いが当然知っている情報は省略して会話するのが自然です。そう、日常会話で「狂言回し」をしようとすると、なんだか冗長になるのです。

名探偵コナンで光彦のセリフが必要なのは、コナンが虚構の作品世界だからです。説明ゼリフがあることによって、はじめて視聴者が作品世界を理解することができるのです。しかし、日常世界は虚構ではなく現実です。現実には説明ゼリフは要らないのです。

こうした「狂言回し」的な冗長言い回しを、特にそのコミュニティの中心にいるわけでもない人間がすると、当然浮いてしまいます。これが「胸がウッとなる」の正体ではないかと思います。

 

おわりに

日常会話には様々な目的があるでしょう。会話は人生の最高の楽しみの一つでもあり、情報の交換手段でもあります。ただ、日常会話における「不要な狂言回し」は、楽しくもなければ何の価値ある情報も含みません。メタな狂言回しに終始しないように、きちんと目の前の人を見て、自分の置かれた人間関係や状況に即して会話を楽しみたいものです。

Taiki Obonai 2014-