読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕が本当に面白いと思うこと

社会学とお笑いと日常生活

キングオブコントは死んだ

お笑い

今年のキングオブコントには失望した。ほとほと失望した。もう嫌や。こんな大会追っかけまわしたくない。終わっちまえ。コントは死んだ。キングオブコントは死んだ。くっそつまんねえよ、やめちまえこんな大会。バーカ(シソンヌ,2014)。

この記事はそういう記事です。各ネタ感想は以下の記事にて。こちらは平和な記事です。

 

 

さて、2008年から始まり、劇場で行われる最先端のコントをテレビで見られる数少ないチャンスだったキングオブコントという番組は、ついに今年、寿命を終えて天に召されました。まあもともと、テレビとしては攻め過ぎたコンテンツではありました。殺そうと思えば簡単(TKO,2013)なコンテンツでもありました。だけど、僕にとっては本当に大切な、劇場にコントを観に行くきっかけとなった番組でした。

でもそれがニーブラ(バンビーノ,2014)されちゃったんだから仕方ない。この記事は、キングオブコントへの冥途の土産(しずる,2009)がわりです。

けなすんならちゃんとけなす(さらば青春の光,2013)ようにしたいので、きちんと随所で理由づけをしながら書こうと思います。各芸人のネタに対する詳細なコメントは別記事で残そうと思います。いったんは今思う所をぶちまけます。

 

今回のキングオブコントで僕はかなり苛々しています。むかついています。失望しています。特に以下のような点において、です。

 

 

・去年までと空気があまりにも違う点

⇒まさに人間を描いているようなさらば青春の光のようなコントは、去年までの審査方式ならば満点近くつくネタだったはずです。あるいは巨匠、ザ・ギースあたりのコントも。ああいった「今っぽいコント」を、どうしてまあコントの全国大会が評価しないのか。テレビコンテンツだから諦めろ?それは分かります。でも、去年まではテレビとは思えないほどに充実した大会だったじゃないですか。シソンヌやかもめんたるが優勝できる賞レースなんて、キングオブコントだけだったはずです。確実に去年までのキングオブコントには、哲学(キングオブコメディ,2010)があった。

だからこそ、そういう去年までの審査基準に合わせたネタを、芸人たちは仕上げて来ているはずなんです。それに対して、どうしてこうも決勝の空気や客が違うのでしょうか。レッドカーペットの通常回、エンタの神様の通常回を見ているような気分でした。もともとそういう賞レースだったなら、何も文句はありません。R-1とかはそういう感じですもんね。でも、キングオブコントって、去年までそんなんじゃなかったでしょ。シナリオ(しずる,2010)のないガチのコントバトルだったはずでしょ。

路線変えるなら、準決から審査の傾向を変えるべきだったんです。何が楽しくて、こんな空気の会場でアウトローなさらばや巨匠のネタを観なきゃいけないんですか。違う大会にするなら、ちゃんと準決で落としてください。世間で流行る天丼フレーズが欲しいなら、そういう審査を徹底すべきなんです。

・客が重い点

⇒客の重さにも苛々しました。アキナのネタの序盤の無風っぷり!本来ならあそこでクスクスと笑いが起こり、「鳥やん」で一気にヒートアップするネタなはずなんです。山名の台詞おかしいやんけ!自分で言ったこと否定してたり、サイコな感じ出てるやんけ!笑いどころに気付けよ!クソかよ!ベタで分かりやすい天丼ボケでしか笑わないんじゃあ、コントの大会なんて何回やったって無駄です。似たようなコントばっかりになります。しょうもねえ。

だいたい、お笑い番組で客が笑わないと視聴者も笑えないんですよ。せめて客は笑わなきゃいけない。笑い足すくらいでいいんですよ。去年と比べてね、芸人審査員が100名いなくなって、客席の笑いに対する感度が落ちてるんですよ。そのことに対する配慮が全くなかった。だから、THE MANZAI2014と同じような、ウケ量の小さい会場、ウケ量の小さい番組になってしまった。それじゃあ、つまらないコントばっかやってるぜ、って言われても文句言えないでしょ。会場がウケないネタ、テレビでウケるわけないんだから。一般ウケや視聴率の向上を狙って今回のようなシステム変更、番組の雰囲気の変更となったのでしょうが、このクオリティでは、どうせ今後視聴率も取れへん(アキナ,2014)のです。旧来のシステムの良かったところが全て損なわれ、かといってM1が持っていた良い緊張感もなく、THE MANZAIが持っていたお祭り感も演出できなかった、それが今回のキングオブコントです。おつかれ。(かもめんたる,2012)

・審査コメントが的外れな点

⇒三村審査員、巨匠のコントに対して「動きがない」って言うのはどういうことでしょう。「動けない」っていう設定のコントなはずなんです。何言ってんだ本当に。そしてね、採点後の審査コメントのほとんどが、「笑いどころが少なくて」とか「笑いどころまでが遅い」とか、結局ウケ量でしか判断できない、ウケ量にしか言及してないクソみたいなコメントだったのが腹立たしいです。

THE MANZAI2014のあと、ダウンタウン松本は「審査員はもっとわがままであるべきだ、ウケ量に左右されてはいけない」と言っていました。今回、まさに審査員はそんな感じだったのでは?藤崎・ジャンポケの審査時に「比較するのが難しい」という発言が5名の中で共有されてしまったせいで、ウケ量で比較するしかない雰囲気が生まれてしまったように思います。ギースや巨匠の設定力は?さらばの演技力は?アキナの導入の丁寧さは?もっと審査員ごとに、自分の基準を持つべきなんです。今回それを感じたのは設楽だけだった。自分を持っていない審査員なんて居る意味ないんです。自分、自分、自分、自分♪(鬼ヶ島,2011)

ウケ量で審査したいなら、ラバーガールサンドウィッチマンなど、漫才風のボケツッコミ型コントを10組残せばいいんですよ。ブロードキャストなんて最適なんじゃないですか。

・ネタ中に審査員の顔が映る点

⇒これはM1の時から苛々してることなのですが、審査員制の大会ってどうして審査員の笑っている顔をワイプで映すんですか!それによってボケが潰されていることに気付かないのでしょうか。そもそも、審査員が笑っている部分というのは、ネタの中でボケている部分、笑いを取っている部分なのです。ネタの中の一番面白い部分で、おっさんの笑顔をなんで見ないとあかんのですか!笑ってる日村を見て、顔面白い(東京03,2009)とでも思えばいいのですか。

そもそもコントってのは完結性の高い演芸なはずです。話の中に伏線やフリが丁寧に仕込まれているものなのです。漫才と比較しても、4分間ネタをずっと見ている必要性は高いはずなんです。この編集については、本当に局に抗議ぶち込んでやろうと思ってるくらいです。コントへの、お笑いへの、演芸へのリスペクトが足りな過ぎる。バンビーノなんて、二本目のネタでボケを一つ、それも一番の盛り上がり部分の「coming soon」を潰されてるんですよ?ありえない。M1の2006年、チュートリアルの敬礼ボケを潰した悲劇を、忘れるなよ(インパルス,2009)。

 

 

 

僕は昨年のキングオブコント終了後、上記の記事を書きました。その中では、番組がマニアックにより過ぎていることへの戸惑いを綴っています。少なからず、番組へのテコ入れは必要だろう、とは思っていました。

とはいえ、ここまで極端に番組が一般ウケ、いや、一般に媚びる形になってしまうのは、絶対に違うと思います。今回のキングオブコントでお笑いブームが帰ってくることはない。しかも、僕のような全国のお笑いファンを置き去りにしてしまった。既存のファンも満足させることができず、新規のファンも取り込めていない。完全な舵取りのミスです。

今までのキングオブコントの良さであった、「芸人たちが集うお祭り感」「ダウンタウンと敗退組芸人との絡み」「スベったコンビに対するインスタントジョンソンの"お疲れちゃん"フォロー」「負けたコンビが明るい」「先鋭的なネタもベタなネタも面白ければ評価し、大笑いする客席」などの特徴は失われました。もうこんなのキングオブコントじゃないんです。

 

以上のように、2015年10月11日は、キングオブコントという番組が死んだ日でした。なんて日だ。(バイきんぐ,2012)

 

*************

・読解力に不安のあるあなたへ

この記事で述べていないこと
・演劇的な笑いの方がベタな笑いより優れている
・お笑いオタの方が素人や女性よりも感覚が優れている
・筆者はマニアックなKOCであればいいと思っている

以上のようなことを読み取ってしまった人は、大至急、中学~高校程度の国語の勉強を始めましょう。書いていないことを間違った形で読み取るのは、読解力が十分ではないことの証です。

Taiki Obonai 2014-