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僕が本当に面白いと思うこと

6月3日に京都で一人コントライブします。よかったらどうぞ。

大学受験改革をめぐる諸言説に対する違和感-①

先日、以下のようなツイートをしました。それに補足していく形で、大学受験改革を巡る諸言説への違和感を述べて行こうと思います。あくまでも、言説への違和感であって、大学受験改革への違和感ではありません。

大学受験改革を後押しするような世の中の風潮として、「今の受験は暗記メインだからダメ」「テストなんかじゃ何も測れない」みたいな考え方がありますよね。

でも、そうやって批判している実態、実像っていうのが、ちょっと最近まで受験生だった(といっても4年前ですが)僕には、見えて来ない。何だか、姿かたちのないものを延々とみんなで喋っているだけのように思えてしまう。

で、考えてみれば、上のツイートのような、受験に対するバイアスが根底にあるんじゃないかなあ、と思うんです。暗記と予備校が悪者になっているんじゃないか、と。

でもねえ、こういう決め付けたイメージをもとにして、何かを悪者にして、何かを理想にしていくのって、政策に関わる議論でやるのは凄く危ないと思うんですよねえ。

でもってこのことは逆に、従来の受験を擁護している人たちにも言えるんですよね。入試問題が思考力を問うからどうのこうのっていうのは、確かにそうなんでしょう。でも、それを理解して勉強している人って、そんな多くないと思うんですよねえ。

高校、大学と周囲の学生を見ていて思うのは、入試が暗記ゲーだと思っている人にはある程度成績的な天井があって、ちゃんと頭使おう、と考えている人がいわゆる難しいところに受かって行くようなイメージがありますね。

そういうところを考えると、従来の受験を擁護するのもまた盲信的になってしまってるんじゃないかなって思うんですよねえ。ちょっと主語が少ない議論になっているんじゃないかなと。

で、そういうのがどうして生じるかを考えたら、たぶんこういうところに行きつくんですよね。賛成・否定どちらも、なんというか自分のロジックを守ることしか考えないで、実情をきちんと観察できていないようなところがありますからね。議論として凄く空虚ですよね。

結論としては、こういうところに落ち着くのでしょう。なんともしょっぱい言説が溢れているように思いますね。

次回、続き物の記事を書いて、どうしてこのような齟齬が生じるのかについて考えようと思います。

Taiki Obonai 2014-