僕が本当に面白いと思うこと

社会学専攻の京大院生の諸々

漫才を類型化する①「大喜利型漫才」

僕はお笑いクラスタである。僕のことを知る人なら、僕がかなり重度の漫才ジャンキーであることは周知であろう。せっかくなので、お笑いオタアピールをしたい。漫才をおおざっぱに類型化し、それぞれのタイプ別に面白いネタを紹介する記事を作ってみることにした。

今回は、「大喜利型」の漫才について紹介していく。大喜利といえば、笑点でやっているアレである。お題があって、それにボケていくシステムの演芸だ。お題からどれだけ突飛な、遠い、奇抜な、あるいは逆に身近な、あるある的な答えを出すかで勝負する笑いだ。

漫才の中には、大喜利の形式を取り込んだものが多く、それらは根強い人気を持っている。具体的な例から見ていこう。

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大喜利漫才の仕様と限界、またそれをどう乗り越えるか】

名作漫才① 風藤松原「ことわざ」

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この漫才は、大喜利漫才の形式を理解するうえで最も分かりやすい例だろう。「お題(フリ)⇒ボケ⇒コメント(ツッコミ)」を繰り返す形式で、一つ一つのボケは完全な大喜利になっている。

この形式の漫才は、「自分で考えた面白いお題に、自分で考えた面白い答えを並べる」という作り方をしているわけだから、いかに「作為的に見せないか」がポイントになる。また、結局手数が多くなってしまうので、笑いどころのピークを作りにくく、何となく笑っちゃったけど、記憶に残らない、みたいなものになりがち。

そこで動画の風藤松原は、どんな策を取ったか。まず、彼らはとことんボケを詰め込んでいる。4分という時間制限を、彼らはこう使っている。

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~30秒
このネタを見るルールを提示。4分の漫才だと、スタート30秒以内、長くても1分以内で笑うためのルールを提示できるかどうかがキーになる。

30秒
ことわざの大喜利を並列。大喜利漫才の基本形。

1分30秒
大喜利後のコメント部分を長めにして崩す。ツッコミ側の仕事量を増やすことで、漫才らしい掛け合いを作っている。

2分20秒
今までに使ったボケをカブせはじめる。俗に言うテンドン。一瞬出てこないで頭の一文字だけヒントで与えられる、という仕掛けが素晴らしい。同じボケを繰り返すことに必然性が与えられている。

3分
大喜利後のコメントを省略した「新しいボケ」でテンポを上げて山場を作り、「カブせボケ」でピークを作る。後半ぐぐっと笑いを取って終了。

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風藤松原が取った手法は、「ボケに対するツッコミのコメント量を増減させる」「序盤のボケを後半でカブせる」という二点である。これによって、大喜利漫才の弱点である、「印象の薄さ」は解消される。どこに山場があるのかを分かりやすく提示できるし、印象的なボケは二度繰り返されているためだ。

序盤に笑いのルールを提示して、そのルールの中で最大限のパフォーマンスをする、素晴らしい漫才である。

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次に、もう少し大喜利要素を隠した漫才を見てみよう。漫才の中には、「役に入るもの・入らないもの」の二種類があり、前者をコント漫才、後者をしゃべくり漫才という。風藤松原のはしゃべくり漫才であったので、次はコント漫才を取り上げる。

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大喜利をベースにしたストーリー】

名作漫才② スリムクラブ「知らない人に話しかけられる」

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この漫才は、M-1グランプリ2010で賛否両論を激しく生み、また大爆笑をかっさらった傑作漫才である。真栄田(大男の方)の妖しいキャラクターや喋り方にばかり目がいくが、基本的なフォーマットは大喜利漫才である。

風藤松原の漫才が、「お題⇒ボケ」の連続であり、ボケ方やボケ後のコメントの仕方で変化をつける漫才だとしたら、スリムクラブのこの漫才は、お題の出し方に変化がつけられている。また、大喜利型ではあるが、全体としては一つのコント・ストーリーとして進行していることも特筆すべき点だ。

また、何と言ってもこのスローテンポ。大喜利型漫才においては、「次にどんなボケが来るんだろう?」と想像させ、客席の期待をあおることが大事だ。そして、そのボケのフレーズでその期待を越えていくことで、笑いを増幅させる。スリムクラブの漫才においては、ボケの質の高さもさることながら、この「タメ」が「笑い待ち」の時間として機能しているので、「何を言っても面白い」という感じをかもしだしているのだ。

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40秒
コント入り。大喜利漫才ではルールの提示が先決。物凄くスローなスリムクラブの漫才でも、コント入りはスムーズに行われている。

1分 大喜利①「生活」
お題は会話の中で真栄田が言った「街で知らない人に話しかけられる」というもの。「フリ」「ボケ」が真栄田。内間は「リアクション」を取る。ボケ後に10秒沈黙。

1分30秒 大喜利②「放射能
2分 大喜利③「うずら」
この二つのボケは並列されている。一文の中にフリとボケが入って居る仕組みになっていて、「Aは、B」という単純な形式の発話。これについても、「フリ」「ボケ」ともに真栄田。「リアクション」が内間。

2分30秒 大喜利④「大きな塔」
ここで一展開。真栄田は「ボケ」のみ、「フリ」「リアクション」を内間が行うことによって関係性に変化が出ている。ボケ後に真栄田が補足説明。

3分30秒 大喜利⑤「左手の指を折る」
真栄田が一分にも及ぶ長尺のセリフを言い終えたあと、自分で「どうしよう」と言ったのちの大喜利。「相手に非がある状況」で「自分が指を折る」というサイコなボケ。ここまでのボケに比べると文脈依存度が高い。

3分50秒 大喜利⑥「土」
フリとボケが一文中にあるタイプ。

4分 大喜利⑦「肥料」
フリは内間、ボケが真栄田。「逆の立場になって考えて、この状況で~」とフリが丁寧。この部分がオチになっている。

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この漫才は、大喜利が下敷きになっているが、全体として見た時には一つのストーリーになっているという点が、台本としては特徴的。大喜利の出し方・答え方にもバリエーションがある。

演じ方としては、とにかくスローテンポが特徴的。「ボケ待ち」をあえて作って、その状況を一つも外さないというのが素晴らしい。大喜利が行われる状況を特殊なものにすることで、大喜利以外の部分でまずは印象付けをして、そこから大喜利ボケで笑いを取る、という仕掛け。

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 ここまで見てきたネタは、漫才の構造としてはシンプルなものだった。ここで、「大喜利合戦」漫才として、笑い飯の漫才を取り上げてみる。

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【ボケツッコミ交代・大喜利合戦】
名作漫才③ 笑い飯「ファスナー」

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笑い飯の漫才の特徴は、ボケとツッコミが交互に入れ替わるその形式にある。二人でふざけあい、ボケ方を競うような形式であるので、勢いや熱量のある漫才が多い。後半に強いのも特徴である。

この漫才は、2005年のM-1グランプリのファーストステージで演じられたものである。この時期の笑い飯は、漫才の立ち上がりの悪さを指摘されることが多かった。このネタについては、最初の「余談」がフリになっているので、全体として見た時に序盤が無駄だとは感じない。かといって、1分30秒から始まる大喜利合戦のブースに比べると、それ以前の立ち上がりはスローに見えるかもしれない。

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0秒~50秒
哲夫の余談。余談と言いつつ、「話題の提示」「オチへの伏線」という二つの役割を果たしている。

50秒~1分10秒
西田の小ネタ。大喜利合戦を始める前に、笑い飯がWボケであるということ、つまり笑い飯のルールを提示する必要がある。このブースがその役割を果たしている。

1分10秒~
大喜利のルール提示。いじめらている子に靴の場所を教えてあげる、という設定を提示する。ともすればテンポを崩しかねない、中盤でのルール提示ブースで、あまりもたつかないのはさすが。

1分30秒~
大喜利合戦のスタート。このルールを分からせるために、ボケは分かりやすくて説明的なボケから配置されている。なお、大喜利合戦の中では二人とも役を交代し続けるので、このブースは「ショートコント漫才」と言ってもいいだろう。

2分40秒~
大喜利のルール自体を崩し始める。「靴ないくせに」「下駄箱ごと」などのように、靴に関係のある範囲でお題をいじったり、改変したりして笑いを取りにいく。

3分30秒~
「ないなあー」部分を改変。とうとう靴がまったく関係なくなり、始めの余談に戻ってオチ。

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こうして改めて見ると、大喜利合戦の部分の配置や流れが相当工夫されていることがわかる。大喜利型漫才のキーである、「ルールの提示をわかりやすく行う」「平坦に見せない工夫をする」という二点を楽にクリアーしている。

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この他にも大喜利漫才の傑作、特に面白いものだったり、フォーマットが秀逸なものについて紹介する。

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ハライチ「ヒーローの必殺技」


ハライチの「ノリボケ漫才」は、リアクション大喜利を連発していくシステムである。ルールの提示のうまさ、平坦に見せないためのテンドンの多用。ライブ感を出す仕掛け。

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NON STYLE「バッテリー」


NON STYLEのこの漫才は、シチュエーションに対する大喜利ボケがベースになっている。「大喜利ボケが多すぎてストーリーが進まない」というメタ視点のツッコミが入り、最終的にキャラいじりで終わるという、かなり精緻なメタ漫才。大喜利ボケが面白ければそこで笑いになるし、つまらなくても「そんなしょうもないので話止めるな」というメタな笑いにもなる、というシステム。大喜利って結局しょうもないよねーっていう視点から見ても面白い、メタ大喜利漫才。

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 テンダラー箱根駅伝


テンダラーの「必殺仕事人」「任侠映画」などの大喜利シリーズの一作。シチュエーションを設定して、それに対する大喜利を連打するシステム。テンダラーはメロディーによって「笑い待ち」をつくり、顔芸でそれを越えて行けるのが武器。

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カナリア「でこぼこコンビ」


大喜利の答えというのは、結局すべて嘘だ。そんな奴はいない、誰もそんなことしない、そういう答えじゃないと、大喜利としては成立しない。そんな暗黙の了解の部分、大喜利のルールの部分を攻撃したのがこのカナリアの漫才。凄く出来のいいメタ漫才。

 

Taiki Obonai 2014-