読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕が本当に面白いと思うこと

社会学とお笑いと日常生活

「意識高い系」をもう一度考えてみた

「意識高い系」バッシング 私たちの周りに「意識高い系」という言葉が溢れ出したのは、いつからだろう。 起業する奴は意識高い系、政治を語る奴は意識高い系、勉強する奴は意識高い系、ボランティア活動する奴は意識高い系、云々。当初その言葉を聞いた際に…

本質と構築

本質と構築の対立 社会学において、長らく、本質主義と構築主義は対立し続けねばならないものであるように扱われている。どちらがより世界と人間との関係を正しく捉えているかについて、いまだ決着を見ない論争が続いている。僕は、本質主義にも、構築主義に…

終わりなき日常を考えながら作業して生きろ

論文執筆の作業 論文執筆という作業は、世間的なイメージにもまして作業感が強い。文献の著者や年度をまとめていく単純作業、調べたいワードを抽出して文献を読んでいく単純作業、目次作成や文章校正などの単純作業。この作業には終わりなどないのではないか…

なぜオタクっぽい喋り方を聞くと胸のあたりがウッとなるのか

胸のあたりがウッとなる感じ 深夜アニメや漫画、同人誌などのオタクコンテンツが市民権を得て10年ほどでしょうか。今や、コミュニティの中でリア充と分類される人さえも、オタクコンテンツにアクセスする時代になりました。ボカロを聞くことは恥ずかしいこと…

学術研究とお笑いは似ている -院生が何回かお笑いライブをしてみて思った

ぼくは現在、大学院生として社会学の研究をすることと、芸人としてライブ活動することの実質二足の草鞋を履いている格好にある。 学術研究も、ネタ作りも、やり口は似ている。どちらも、自分のオリジナリティを、なるべくシャープに、なるべく体系立てて、な…

教養とは概念的語彙のことである

「教養を説明できないコンプ」 僕はそれなりに読書をする。専門書も新書も小説も読むし、洋書も読めなくはない。詩や写真集を読むこともある。そんな風に色々と読書をしていると、本を読んでいるなら答えてくれよ、教養ってなんなんだ、とたまに問われる。そ…

メモ:違い(difference)と違い(divesity)の違い

<個人的メモ> differenceというときには、例えばうどん粉とそば粉のような、類似するもの(ここでは製麺のための材料となる穀物の粉末であるという点で類似)を何らかのカテゴリにおいて比較するような意味が含まれます。 他にも、アメリカと中国の違い(…

「多様性」の前提となるべき「多態性」について

「多様性」への違和感 多様性が大事だという言説は、既に言説ではないといっていいでしょう。特定の誰かが考えている意見ではなくて、一つの社会的常識と化しているといっていいほどに広まっているのですから。 92年生まれの僕は、小学生のころから多様性…

社会的構成の中を泳ぐ

現実の社会的構成 大学の学部を卒業する際、卒業論文で扱ったのはピーター・バーガーの社会学でした。彼の主著「現実の社会的構成」(トマス・ルックマンとの共著です)では、「人間が社会を構成し、社会が人間を構成する」「人間と社会の媒介物は知識である…

「逆張り」に逆張り

哲学においても科学においても、「正しさ」をどう扱うかについては多くの議論があります。どんな「正しさ」も暫定的に正しいだけであり、修正や補足を必要とするものである、とする真理観が現代においては支配的なのではないでしょうか。 僕自身、「正しさ」…

ロングパスな社会的善

野球かサッカーかでいえば、僕は野球派の人間です。それでも、いざサッカーの試合を見るとなると興奮を覚えます。 流れるようなプレーの連続の中。幾重にも張り巡らされた戦術の伏線。あるとき、ふいにスイッチが押され、勝負所での挑戦的なプレーへ。スポー…

読書をめぐる「教養」「成り上がり」「挫折」

「教養」 「教養」は衰退した、滅びたと言われる。「教養人」は少ないと言われる。今の若者はものを知らないと言われる。 じっさい、京都大学の学生でも、ウィトゲンシュタインの名を知らない人なんていくらでもいるし、カナダの国旗が分からない人だってい…

髪を切って考えたこと

今日、結構伸びていた髪を切った。 書道家か、売れないバンドのベーシストか、アウトローな浪人生か、ヒッピー気取りか、そんな見てくれになっていた髪を切った。何てったって、本を読むときに邪魔で仕方ないのだ。社会学研究者になりたい自分にとって一番大…

「答えがない」とかいうクソみたいな表現をやめませんか

問のあるところに答えあり。 僕は色々な物事に苛々するし反感を覚える人間なのだけど、その中でも特に「答えのない云々」にはすっかり呆れ果てている。それらは物事をちゃんと考える気のない人間が使う免罪符に過ぎないんじゃないか、と思う。 例えば、大学…

「人材」という言葉に思うこと

大学生くらいになってから、「人材」なる言葉を物凄く多く聞くようになりました。やれ、「就職は人材関係のとこかな」とか、「~な人材になりたい」だとか、そういう言葉を、毎日たくさん耳にします。 しかし僕は、「人材」という言葉にあまりいい印象を持っ…

理想の社会を考えるために必要な足場

社会学の詐欺 「社会学を勉強しています」というと、ある種の理想社会的なことを考えているのではないか、と思われることが多い。左翼なの?と思われることもある。実際のところ、社会学という学問は脱構築的な性質を持つ学問であり、その思考法は何かの理想…

あれもこれも聖なる天蓋

人間の信仰とか、あるいは信念とか、世界観、価値観、どんな言葉で表してもいいのだけれど、そういうものは全て一定のフィクションの上に成り立っている。神様は生まれてからまだ2015年に過ぎない。仏像は重機で簡単に壊せる。彼らが敵だと思っているあいつ…

笑いのモラル、倫理、どこまで笑いにしてよいのか、についての連続ツイートまとめ

昨日大学で何人か友人とコントを見ていて、「セーフかアウトか」っていう話がちょっと出た。表現として、どこまで差別的なものとか、特定の人を笑いものにするものが許されるかどうか、というものだ。— t.obonai@しらす (@twobonai) 2015, 7月 10 結局、笑…

産みの苦しみと消費の快楽

産みの苦しみ 男性の心と身体に生まれた僕は、出産の苦しみを経験することは一生ありません。それでも、「産みの苦しみ」なるものは理解できます。母親が子を産むときに限らず、僕らは何か新しいものに出会おうとするとき、あるいは自分の中から何かを湧き上…

【まとめてみた】現代のコミュニケーションを類型化してみた

想像力の地平から シュッツやルックマンに代表される、「現象学的社会学」と呼ばれる分野の社会学理論では、他者が自分の目の前に存在する状態こそが日常性の基礎であるとされています。つまり、僕たちの日常的な生活感覚は、他者が目の前にいて、その他者と…

無知の知から可知の知へ

橋下徹の敗北 少し前の話題になります、大阪都構想にはじまり大阪都構想に終わる形となった橋下徹劇場が終幕しました。大きな注目を集めた都構想の是非を問う住民投票は、きわめてわずかな差によって否決となり、橋下徹は現在の大阪市長職の任期終了ののち、…

循環の中で、さからわず、擦り減らず、蝕まれずに生きるということ

年度の終わりと始まりに 学生にとってすれば、年度の始まりというのは、ある意味年の始まりよりも、節目を実感する時期です。卒業する人間がいて、入学する人間がいる。卒業した人間はまた新しい枠組みに参加していく。枠組み同士は、複雑に関係し合う。そこ…

仕事についての嘘でもない嘘

僕が目指していた職業は目指してなる職業ではなかった 4年前に田舎から上洛、京都大学に入学して、真っ先に驚いた事実である。学問的な色彩の強い大学に入学したつもりが、周囲に学者・研究者志望の大学生が驚くほどいない。文系だから、といえば片付いてし…

生きやすさのための諸人文学は断罪されるべきか

虚構の溶融、裸の現実 現代を、あるいは現代人を特徴付けるものとして、依拠すべき価値規範、言うなれば「大義の消失」が挙げられる。ポストモダン風に、「大きな物語の消失」と言い換えた方がポピュラーなのだが、僕はもっと観念的な意味合いを打ち出したく…

大学受験改革をめぐる諸言説に対する違和感-①

先日、以下のようなツイートをしました。それに補足していく形で、大学受験改革を巡る諸言説への違和感を述べて行こうと思います。あくまでも、言説への違和感であって、大学受験改革への違和感ではありません。 そうそう。大学入試改革に関連しては、実体を…

ヒトとモノとの臨界を見つめて

実は、僕は視力がよくない。先日、メガネを買い替えようかと思い立って視力検査に行った。先客がいたようで、僕は少しの間待つこととなる。係員が僕の整理番号を呼んだ。その時、僕に名前はなかった。僕の全存在は『7番様』という番号に抽象された。自分が…

「京都ラーメン」と「京風ラーメン」から

僕はかなり多趣味・多嗜好な人間ですが、特に食の分野についていえば、ラーメンに熱い思いを抱いています。至極の一杯を求めて全国各地を旅行し、有名店を巡ったり、ふらりと地域のお店に入ってみたりと、ラーメンにかける姿勢は情熱であり、執念であり。 ど…

地方出身者が関西での暮らしを楽しむたった一つの方法

僕は東北地方は青森県の生まれで、大学進学をきっかけにして関西に来た人間である。入学した頃ほどではないにしろ、今も暮らしていて文化や習慣、価値観の「差」は感じるものだ。 「差」は人を不安にさせるものだ。マルクスを引くまでもない、古くから人間が…

言葉はどのように世界を分割したり統合したりしているのか

何か体験したことを思索のレベルに、あるいは曲がりなりにも文章のレベルに落とし込むには、一定の時間がかかる。今回の記事で展開している考えについても、もともとのきっかけとなった出来事は先々週のことだ。 >ホタテ・エビ・イカ 魚介三”味”一体!! 海…

故郷について

先日、僕は用事があって愛媛県にいた。 二回目の四国。 四国に行くのは二回目なのだから、やたらに非効率なダイヤのJR四国も、お椀型をした山の形も、瀬戸内海を挟んで見える小島も、僕には新鮮なものなはずだった。だけど、どういうわけか、それら四国の…

Taiki Obonai 2014-